改善幅の導入
ここまで、構築を変更することで手札品質が変化することを説明しました。
では、実際に手札品質が何%改善すれば、その構築変更を重視する価値があるのでしょうか。
たとえば、あるカードを1枚増やすことで、望ましい手札を得られる確率が3ポイント改善したとします。3ポイント改善している以上、数学的には変更後の構築の方が有利です。
しかし、
その3ポイントの差を、構築上どこまで重視すべきなのか
という問題は残ります。
10戦しか使用しないデッキと、1000戦使用するデッキでは、同じ3ポイントの差であっても構築上の比重は異なると本稿では考えます。
そこで本稿では、構築変更による手札品質の改善幅と、そのデッキを使用する想定対戦数を接続して評価します。
判断プロセス
本稿では、採用枚数の変更を次の順序で評価します。
-
想定対戦数を決める そのデッキを何戦使用するのかを決めます。これを \(N\) とします。
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現在の手札品質を求める 望ましい手札を得られる確率を \(p\) とします。
-
想定対戦数におけるブレを求める \(N\) 戦したとき、実際に望ましい手札を得られる割合がどの程度ブレるのかを求めます。
-
構築変更による改善幅を求める 構築変更前後で、望ましい手札を得られる確率が何ポイント変化したかを求めます。これを改善幅 \(\Delta\) とします。
-
改善幅とブレを比較する 改善幅 \(\Delta\) が、想定対戦数における自然なブレに対してどの程度大きいのかを評価します。
-
採用コストを含めて判断する 重ね引き、他のカードへの影響、デッキ枚数などを含めて最終的な採用判断を行います。
1. 想定対戦数 \(N\) を決める
最初に、そのデッキを何戦使用するのかを決めます。たとえば、
- 友人との対戦で10戦程度使用する
- マスターデュエルのランク戦で300戦使用する
- レート戦などで1000戦使用する
といった具合です。本稿では、この想定対戦数を \(N\) とします。
想定対戦数を設定する理由は、確率差そのものを変化させるためではありません。3ポイントの確率差は、10戦でも1000戦でも3ポイントです。
しかし、その差を構築上どの程度重く扱うべきかは、使用する試合数によって異なると考えます。 まず想定対戦数を決定することは、重要な提案の一つです。
2. 手札品質 \(p\) を求める
次に、現在の構築で望ましい手札を得られる確率を求めます。これを \(p\) とします。
\(p\) は単純な初動率でも構いませんし、前章で定義した望ましい手札集合 \(G\) を用いて \(p = P(G)\) としても構いません。
たとえば、望ましい手札を得られる確率が70%なら \(p = 0.70\) です。
3. \(N\) 戦したときのブレを求める
確率70%のデッキを300戦使用したからといって、必ず210回ちょうど望ましい手札を引けるわけではありません。実際の結果には運によるブレが発生します。
望ましい手札を引けたかどうかを各試合について二値で考えた場合、\(N\) 戦における実現率の標準偏差は、
となります。本稿では、この \(\sigma\) を、想定対戦数 \(N\) における手札品質の自然なブレとして扱います。
たとえば \(N = 300\)、\(p = 0.5\) なら、
となり、約2.89ポイントです。
なお、\(p(1-p)\) は \(p = 0.5\) のとき最大になります。したがって、\(p = 0.5\) を使用すれば、最も大きくブレを見積もった保守的な基準になります。実際の手札品質が70%や80%など50%から離れている場合、\(\sigma\) はこれより小さくなります。
4. 改善幅 \(\Delta\) を求める
次に、構築変更前後の手札品質を比較します。構築変更前を \(p\_{\mathrm{before}}\)、構築変更後を \(p\_{\mathrm{after}}\) とすると、改善幅 \(\Delta\) は、
です。
たとえば \(p\_{\mathrm{before}} = 0.70\)、\(p\_{\mathrm{after}} = 0.73\) であれば \(\Delta = 0.03\) となり、3ポイントの改善です。
また、この改善によって \(N\) 戦の中で望ましい手札が増える期待回数は、\(N\Delta\) で確認できます。300戦で3ポイント改善するなら、
となり、望ましい手札を得られる回数が期待値として約9回増えることになります。
これは「9勝増える」という意味ではありません。あくまで、望ましい手札を得られる期待回数の差です。
5. 採用係数 \(k\)
ここで、改善幅 \(\Delta\) が、想定対戦数における自然なブレ \(\sigma\) に対してどの程度大きいのかを比較します。
本稿では、
を採用係数(独自呼称)と呼びます。
たとえば改善幅が3ポイント(\(\Delta = 0.03\))、300戦・\(p=0.5\) における標準偏差が \(\sigma \approx 0.0289\) であれば、
となります。つまり、この構築変更による3ポイントの改善は、300戦という想定範囲における自然なブレのおよそ1.04倍の大きさを持つことになります。
本稿では、この値を使って、
その確率差を構築上どの程度重視するべきか
を判断します。
採用係数が果たす役割
本稿における重要な提案の一つが、この採用係数 \(k\) です。
採用係数の目的は、単なる確率差である \(\Delta\) に、想定対戦数 \(N\) という尺度を与えることです。
「この変更で手札品質が3ポイント上がる」という情報だけでは、その3ポイントを構築上どこまで追求するべきなのか分かりません。しかし、
- 「この3ポイントは、想定する300戦における自然なブレの約1倍である」
- 「1000戦では自然なブレの約2倍に相当する」
と表現すれば、その差をどの程度重く見るべきかを比較しやすくなります。
つまり採用係数 \(k\) は、
確率上の改善幅を、想定対戦数に応じた構築上の重みへ変換するための指標
です。
また、\(k\) は無次元の比率であるため、異なる改善幅や想定対戦数についても、同じ尺度で比較できます。これによって、
- 1ポイントの改善をどこまで追求するか
- 3ポイントの改善なら採用枠を使う価値があるか
- 数百戦使用するデッキと、数十戦しか使用しないデッキで同じ最適化を行うべきか
といった、従来は感覚的に判断されやすかった問題を、一定の共通尺度で考えることができます。
例:40枚デッキの初動7枚から8枚
具体例を見てみます。
40枚デッキから初手5枚を引き、初動札を7枚採用している場合、1枚以上初動を引ける確率は \(p\_{\mathrm{before}} \approx 0.6393\)、つまり63.93%です。
初動札を8枚にすると \(p\_{\mathrm{after}} \approx 0.6940\)、約69.40%になります。したがって改善幅は、
約5.46ポイントです。
300戦使用すると仮定します。7枚採用時の \(p = 0.6393\) を使用すると、
となり、約2.77ポイントです。したがって採用係数は、
となります。また、300戦における期待回数の差は、
です。つまり、初動7枚から8枚への変更によって、300戦では初動を1枚以上持った手札を得られる回数が、期待値として約16回増えることになります。これは300戦という範囲では無視しにくい差です。
ただし、この評価は「初動を1枚以上引く」という一点だけを見たものです。
初動札を増やせば、同時に初動札を2枚以上重ねて引く確率も増加します。また、40枚を維持するのであれば別のカードを1枚減らす必要があり、41枚に増やすのであればデッキ全体の確率分布が変化します。
したがって、\(k \approx 1.97\) という結果だけで、8枚採用が最適であるとは結論できません。採用係数は、あくまでその構築変更による確率差をどの程度重視すべきかを見るための指標です。
本稿で使用する目安
本稿では、採用係数 \(k\) を構築判断の目安として、概ね次のように扱います。
| 採用係数 \(k\) | 本稿での評価 |
|---|---|
| \(k<1\) | 想定対戦数に対して小さい差 |
| \(1\leq k<2\) | 採用検討(実感しはじめる) |
| \(2\leq k<3\) | 比較的大きな改善 |
| \(3\leq k\) | 強く重視できる改善 |
たとえば、300戦・\(p=0.5\) の場合は \(\sigma \approx 2.89%\) なので、次のようになります。
| 改善幅 \(\Delta\) | 採用係数 \(k\) | 本稿での評価 |
|---|---|---|
| 1ポイント | 約0.35 | 小さい差 |
| 2ポイント | 約0.69 | まだ小さい |
| 3ポイント | 約1.04 | 採用検討 |
| 5ポイント | 約1.73 | 比較的大きい |
これにより、単に「3%強くなった」「1%しか違わない」と語るのではなく、想定対戦数に対してその差をどの程度重視すべきかを共通の尺度で比較できるようになります。
本稿独自の評価方法であることについて
採用係数 \(k\) を構成する確率計算、二項分布、標準偏差などの数学そのものは既存のものです。
一方で、\(k = \dfrac{\Delta}{\sigma}\) をデッキ構築における採用枚数判断へ用い、想定対戦数に対する手札品質改善の重みとして解釈する方法は、本稿で提案する独自の構築評価方法です。
特に重要なのは、採用係数 \(k\) は統計的有意性を判定するための検定統計量ではないという点です。
本稿で示す \(1\sigma\) 前後、\(2\sigma\) 前後、\(3\sigma\) 以上といった区分についても、統計学上の有意水準をそのまま採用基準へ転用したものではありません。
あくまで、
想定対戦数に対して、その手札品質の差をどの程度重視するべきか
を比較するため、本稿上で設定する構築判断の目安です。
また、\(k\) が大きいことは、その構築変更を無条件に採用すべきことを意味しません。採用枚数を変更すれば、
- 重ね引き
- 他のカード群の確率低下
- デッキ枚数の変化
- カード固有の役割
- 採用に必要なデッキ枠
など、別のコストが発生する可能性があります。
したがって採用係数 \(k\) は、最終的な採用判断を自動化するものではありません。
「この確率差は、どの程度真剣に考慮する価値があるのか」
を定量化し、その後の構築判断へ進むための尺度として使用します。